• 時計修理教育の現状

  • 大阪の時計修理教育の現状

  • 以前よりこの大阪の地は時計の修理教育に大変熱心な地域でした。別ページで紹介しましたように、かつて「日本時計師会」の本部は大阪にあり多くの先生方が全国各地に出向き、修理の指導を行っておりました。それは日本の修理技術を高めるためという目的で、各地で講習会を開き、CMW試験を実施して日本の時計修理のレベルを高めました。

    また「大阪時計宝飾眼鏡協同組合」に昭和34年発足した「大阪府時計職業訓練校」が有り、現在も続いております。当初は二年制でしたが、8期生を最後に「大阪府時計高等職業訓練校」へと名称を変更し、一年制となり現在に至っております。一年制となって平成28年(2016年)時点で43期生になります。発足から57年という長い期間続いており、経験豊富な講師が熱心に指導を行っております。

    訓練校を修了すると「国家技能検定試験時計修理科技能検定2級」の学科が免除になるため、訓練生は熱心に訓練に励んでいます。この訓練校の発足の少し前には、守口という場所に戦後の職業訓練として様々な職種の訓練所があり、そこで時計修理の訓練がなされていました。時計に興味のある方はご存知かも知れませんが、「基礎時計読本」を書かれた小林敏夫先生が指導に当たっておられました。

  • 時計修理教育の歴史

  • そんな状況の中で誕生したのが、「大阪市立生野工業高等学校 時計・計器科」です。当時、この工業高校には下土居隆三先生が「時計クラブ」を作り、顧問としてクラブの指導に当たっておられました。このような環境下で「時計・計器科」が誕生しました。この設立には「大阪時計宝飾眼鏡協同組合」が教育委員会に申請をし、環境の整った生野工業高等学校に設立が決まりました。

    この時計・計器科は公立高校であるにも関わらず、他府県からの越境入学が許されていたという特殊な学校です。そのため日本全国から多くの人がこの学校に入学し、時計の技能と知識を持った卒業生を排出されました。また前述のCMW試験もこの高校で行われ、時計業界に貢献して参りました。

    昭和34年4月に発足した「時計・計器科」は昭和61年3月に、27期生を最後に「電子機械科」に科名を変更し、その使命を終えました。時計業界、精密工業界に1581名(内女性86名)と多くの卒業生を送り出しました。残念ながら「日本時計師会」「時計・計器科」は現在はありませんが、「大阪府時計高等職業訓練校」はその意思を大切にし、現在も続いております。 最近、正しくない方法の修理を取り上げて、全国的に放映するテレビ局もあるようです。しかし、訓練校では正しい修理方法を訓練し、間違った修理をしないように指導しております。

    大阪府時計高等職業訓練校は、組合員対象の事業内訓練ですので組合員でないと入校資格がありません。詳しくは「大阪時計宝飾眼鏡協同組合」にお問い合わせください。

    大阪府時計高等職業訓練校 http://tokeikumiai.com/osaka/school.html
    大阪市立生野工業高等学校 同窓会 http://ikuno-thsaa.com/

  • 新しい試験制度について

  • 近年の試験は実際の修理とはかけ離れた内容のものが多く、試験に合格しても実際必要な内容の知識と実技が身に付いているとは言い難い状態になっております。そんな状況下技能の優秀な数名の方が、実際の修理に即した新しい試験を立ち上げようとしている話があります。とりあえず1ページ試験用に用意してくれとの申し出がありますので、正式な名称や内容が決まり次第別ページでご報告します。ご興味のある方は暫くお待ちください。

    >>時計修理試験へのリンクはこちら